今年度は、計画に沿って後期キリシタン版「ぎやどぺかどる」の仮名用字法の実態調査を進めた。昨年度、前期キリシタン版の調査を行った結果から原語の仮名用字法に特徴がみられることが分かったため、「ぎやどぺかどる」についても重点的に調査を行った。 「ぎやどぺかどる」の原語の仮名用字法については、前期キリシタン版と同様に原語以外の箇所の仮名用字法とは異なる特徴がみられた。具体的には、仮名用字法が徹底する仮名「し」の字体[志]や、仮名「か」の字体[加]において、一般的に語頭に用いられる字体[志]や字体[加]が多く非語頭にも用いられていた。後期キリシタン版では、仮名用字法よりも連綿活字の使用を優先したことは既に明らかにしているが、それを除き、一文字毎に単独で用いられた活字に限ってみても、「こんしえんしや」「こんしいりよ」「おらしよ」などの「し」に、字体[志]が使われている。 当時の仮名用字法は、厳密な語頭・非語頭意識のもとに機能的に運用されているのではなく、個々の語としての理解を前提とした、習慣化された書き癖によるものだったとみられる。そのため仮名表記の習慣の無い原語においては機能的な仮名用字法が十分に運用されなかった。したがって、仮名用字法は絶対的に守らなければならない「正書法」ではなく、そのように書くことが普通だという程度のものであって、その結果、仮名表記の対象として普通ではない原語での特殊な表記が許されたと考えられる。
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