本研究の目的は、キリシタン文献国字本の文字遣の調査に基づき、文字遣がもつとされる語境界表示機能を実証的に検討して機能的な文字遣の原理を考察することである。そのため、語境界表示という機能的な文字遣を扱う際に個別の文献における個別の事例を説明することの多かった従来の研究の問題点を改め、共通する特徴をまとめて統一的な原理として説明することを目指した。 その手段としてキリシタン文献を対象とし、語境界表示に関係した連綿表記(連綿活字)内の文字遣、それぞれの仮名が語頭に立つ確率と文字遣の関係、キリシタン版に特有な原語の仮名表記に現れた文字遣、殆ど同一の本文をもつ活字本と写本の比較、という従来の研究には無い分析的な視点を取り入れ、以下の結論を得た。 1.文字遣の殆どは相補的分布ではなく汎用の常用字体と限定字体(例えば語頭限定)の関係をとる。 2.機能的な文字遣は変体仮名の排他的利用に基づくのではなく選択の可能性を持つため常に顕在化するとは限らない。 3.文字遣のすべてが機能的な理由によって選択されたとみるのは適切でない。 4.活字本の文字遣の多様性が筆写本で固定的な文字遣に収束したのは書写の習慣に基づく。 5.キリシタン版の原語の文字遣の多様性は書写の習慣が働きにくい特殊な条件だった為であり経験の蓄積によって文字遣に一定の方向性が獲得されている。 6.原本調査の結果、新出キリシタン版の文字遣は原則として他のキリシタン版に一致する。
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