『羅葡日辞書』の日本語訳について、従来全体を通しての考察は少なく、また原典対照による翻訳研究はほぼ皆無であったが、本課題の遂行により23年度、以下1・2の成果を得た。 1原典対照による日本語訳の解明 『羅葡日』には、『日葡辞書』も含めた同時代の資料にほとんど見えない語が用いられるなど、不明な箇所が少なくなかった。それらのうち、原典に近いと思われる1580年リヨン版カレピヌスのとの対照により、解釈可能となる場合があることを例証した。 2日本語訳の口語的要素 『羅葡日』の日本語は、大塚光信(2006)などの指摘の通り、同じキリシタン版の『日葡辞書』と比べると口語よりも文語の要素が強いといえる。しかし用例数は少ないものの、以下のような口語的要素も全体を通じて散見される。 方言について、『日葡辞書』においてX.あるいはXimoと注記された語は九州方言と想定されているが、このような約450語のうち、『羅葡日』にはfuxicusa(伏草)、fiyai(冷やい)など20語以上が用いられている。 また語法について、同じキリシタン版の『平家物語』や『エソポのハブラス』に見られるような、例えば断定に-giaを用いるなどの際立った口語的語法は稀であるが、形容動詞の連体形に-naruでなく-na形をとるものが少なくとも70例あるなど、伝統的な文語から離れた新しい語法が見られる。 しかし、これらの用例の多くは文語的日本語訳の中に混在しており、口語性が認識されていたとは考えにくい。また、1580年リヨン版カレピヌスのラテン語と対照させたとき、例えばラテン語の会話文が口語的な日本語で訳されるというような位相の対応関係は現段階では確認できていない。
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