寄進者個人にとってワクフ寄進がどのような意義を持っていたか考察するため、15世紀後半のマムルーク朝アミール(軍団長)・キジュマースのワクフ文書を用いた事例研究を継続した。文書史料から寄進物件の入手と実際の寄進の日付、物件入手先とその手段、物件の種類、寄進対象、管財人その他の規定内容といった具体的な情報をピックアップし整理した。平行して、同時代の年代記や人名録といった叙述史料を精査し、彼のライフ・ヒストリーを再構成するとともに、それをワクフ文書の情報と重ね合わせ検討した。それを通じて、彼のワクフの実態と特徴を明らかにするとともに、彼がライフ・コースのいかなる段階でいかなる背景のもと何を望んでワクフ寄進を行うという選択をしたのかを多角的に考察した。以上の考察の結果、ワクフが個人の財産保全、子孫への利益供与、為政者としての公益振興、都市開発、個人あるいは政権の威信の誇示など、様々な目的のもと戦略的・選択的に設定されていたことを指摘し、ワクフ制度の持つ多面的機能を明らかにした。その成果は「あるマムルーク軍人の生涯と寄進:キジュマースの事例に見るワクフの多面的機能」という題目で、史学雑誌120編3号に掲載された。 また、14世紀後半以降のワクフ制度の発展が、マムルーク朝の既存の国家体制と土地制度に与えた変化や、この時代のワクフ法理論の変化について扱った単著『中世イスラーム国家の財政と寄進:後期マムルーク朝の研究』を刀水書房より出版した。
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