本年度は、研究開始の年であったこともあり、資料調査に重点をおいた。当初は年度前半に国内で、年度末にサンクトペテルブルクでの資料調査を予定していたが、他の研究グループの研究活動の一環として9月のオレンブルク出張が年度途中に決まった影響で、本研究の出張計画が変更になった。 まず、サンクトペテルブルクへの出張を6-7月に前倒しし、ロシア国立歴史文書館で文書目録に目を通して、オレンブルクに所蔵されている史料との重複のチェックに備えた。また、19世紀ロシアの外国信仰局の文書を閲覧し、当時のロシア政府が把握していたタタール人の活動について調査した。この他、サンクトペテルブルクとそれに先立って滞在したモスクワでは、様々な図書館で刊行資料の閲覧・複写を行った。 9月のオレンブルク滞在時に、モスクワでの人口調査記録の調査の必要性に気付いたため、3月にはモスクワの国立古文書館で調査を行った。様々な発見があったが、最大の発見は、1750年にタタール商人の一行がブハラ、インド、メッカ、イスタンブル等に旅した記録『イスマーイール・ベクムハンマドの旅行記』の著者、イスマーイール・ベク・ムハンマドと、その同行者を、1747年と1762年のオレンブルク周辺の人口調査記録のなかに確認できたことである。この旅行記は近年、種々の旅行記を参考にして記された贋作だという意見が出されていたのだが、少なくとも、この旅行記に記された一団の商人が実在し、彼らがロシア政府の命令でブハラその他の地に赴き、1762年まで故郷に戻っていないことが判明した。 この旅行記は、中央アジアやインドへのタタール商人の早期からの進出の事実をよく表しており、その信憑性が確かめられたことで、タタール人ネットワーク形成過程初期の解明に役立つ。 この調査・研究成果は、来年度出版予定のロシア語の論文集に寄稿する論文に反映させる予定である。
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