「研究実施計画」にも示したように、当該年度直前の3月に、発見後百年近くほとんど、人の眼に触れず秘蔵されてきた大阪の武田科学振興財団・杏雨書屋蔵敦煌文献コレクションの目録が公開された。また10月には9冊に及ぶとされる図録の公刊が始まった。私はこれまでに杏雨書屋蔵品と目される資料の古写真に依拠して成果を公表してきており、幸いにもいち早く実物を何点か調査をさせていただく機会を得た。その成果のひとつが「敦煌本「覇史」再考-杏雨書屋蔵・敦煌秘笈『十六国春秋』断片考」である。なお、「敦煌秘笈『十六国春秋』」は史書の一部で、実用書ではないが、断巻の断裂状況から最終的になんらかの実用的作業に使われる故紙として放置、廃棄されたものとみられ、興味深い特徴を有していることなどがわかった。このほかにも杏雨書屋蔵敦煌文献は本研究テーマに合致する資料を多数含んでいるため、今後も杏雨書屋蔵品を中心に成果を公表していく予定である。 また、8月に湖北省武漢市で開催された「第三届中国中古史青年学者聯誼会」においては、フランス国立図書館蔵の敦煌本草残片をもちいて、敦煌でどのように本草書が読まれ、利用されていたのか、またそれはいつどのような状況で書かれたかについて中国語で発表した。この資料は紀年も題記もない敦煌文献ではあるが、実用書の具体的な使用例として、またそれを使用した階層をおよそ特定するに至ったものである。これによって今後、多くの敦煌文献の読者層を絞り込んでいくのに指針となるアプローチ方法の-例を広く提示することができた。
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