本年度の研究成果は、主要にはロシアの農村部に対する初等教育政策とその実施の状況を分析することで、近代的改変期におけるロシア帝国の統合の新しい方針や、その諸問題を明らかにしたことである。研究成果は、大まかに三部に分割できる。 第一に、初等教育普及のための政策とそれに合わせた知識人の活動の分析である。論文「農奴解放と国民教育」では、次のことを明らかにした。19世紀の中葉のいわゆる農奴解放が実施されるに伴って、国民教育の課題が強く認識された。しかし、政府は具体的には学校普及のための支援をせず、一方で、教育に携わる知識人層が「国民教育」の課題に取り組もうと努力を始めた、という点を明らかにした。ニューオーリンズの国際学会での報告("Can Villagers be Russians?")では、ロシアの政府や知識人の国民教育に対する政策や活動には、農村を隔離して考えるという、当時のロシア人の思考が強く影響していたことを論じた。 次に、こうしたロシア中央部での動きが、帝国辺境地帯の統合の問題とどのような影響関係にあったのかを、ロシア帝国の西部諸県を例にとって分析した(論文"Between Indifference and Overreaction")。ここでは、西部諸県に対しては、強硬な同化政策を採ろうとする傾向と、内地と同様に具体的な支援をせず、現地の知識人に任せる方策を採ろうとする傾向が混在していたことを論じた。 さらに、こうした19世紀ロシアの諸問題が、ロシア史全体の理解において、どのような意味をもつのかを論じたのが、論文「大改革とグラスノスチ」である。また、書評「橋本伸也、『帝国・身分・学校 -帝制期ロシアにおける教育の社会文化史』」でも、橋本の著作を批判的に検討しつつ、教育史とそれを通じて帝国の辺境地域を分析する方法について考察を加えた。
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