平成21年度は、日本とフランスにおける一次史料や二次文献の収集、それらの読解、分析など、論文作成のために必要な準備段階を行った。第二次世界大戦期のインドシナにおける反共和主義的なヴィシー体制め確立と、フランスの対独敗北という機会に乗じてインドシナに駐留した日本との共存関係がどのようなものであったのかという点をまず整理し、戦後、そうした戦時下インドシナの状況が、いかにドゴール率いる新生フランスに認識され、何が問題とされたのかを、フランスの国立公文書館に保存されていた「インドシナ調査委員会」による尋問記録から分析した。このマイクロフィルム史料は、戦後に設立された、関連省庁からの代表者からなるインドシナ調査員会が、戦時期にインドシナにいたフランス人を多数尋問し、彼らの態度、行動、発言等を調査した貴重なものである。これらの史料を分析して明らかとなったのは、インドシナにおいて長期にわたって確立されたヴィシー体制、ペタン崇拝、ドゴール派への弾圧、レジスタンスへの不在、そして対日協力行為に対する委員会の容赦ない糾弾である。実際は、戦時下インドシナにおけるフランス当局に日本に抵抗する力はなく、宗主権を維持するためにも日本との共存は唯一の選択であったにもかかわらず、戦後の共和国フランスにとって、これらの事実は都合のわるい、粛清すべきものとして捉えられていた。ヴィシーの政策を否定し、共和政の連続を主張し、レジスタンス神話を確立しようとする戦後フランスにとって、日本によって一度奪われたインドシナに復帰し、再度植民地支配を確立するために、まず、これらの事実を「清算」する必要があったのである。
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