第一次世界大戦期にフェミニストとして活躍したメアリ・アレンが、ファシズムに接近していく経緯をたどりながら、フェミニズムとファシズムという二つの概念の接点をさぐった。女性警察のパイオニアとして活動の舞台を海外へと広げていったアレンは、1930年代になると、ナチス政権下のドイツでヒトラーと会談し、イギリス最大のファシズム政党British Union of Fascists(以下、BUF)に入党するなど、ファシストとして活動するようになる。アレンのなかで、フェミニズムとファシズムという二つの思想はいかなる関係をもっていたのか。この問題をさぐるべく、まずはイギリス初のファシスト組織British FascistsおよびBUFの活動の全貌を、とくに両組織のジェンダー観に注目しながら考察した。その結果、これらのファシスト組織が新たに参政権を獲得した女性を取り込むための組織的戦略を展開したことが明らかになった。 女性参政権の獲得後、イギリスのフェミニズム組織は運動の方向性をめぐって分裂の危機に陥った。参政権は女性に真の「解放」をもたらさなかったと考えたフェミニストのなかには、アレンのように、ファシズムにその「活路」を見出す者もいた。BUFは、こうしたフェミニストたちを男女平等の象徴として利用し、ファシズムが女性の政治参加に積極的であることをアピールした。女性参政権運動に幻滅したアレンは、BUFをフェミニストとしての自己実現をはかる場としてとらえ、彼女自身の「解放」の手段としてファシズムを選択した。 フェミニズムとファシズムの「共闘」は、戦間期イギリス社会の特殊な状況をとらえる上で、きわめて重要な視点を提供してくれるとともに、とかく「失敗例」として解釈されがちなイギリス・ファシズムの特性をとらえる上でも、多くの示唆を与えてくれる。以上の研究成果の一部を、林田敏子・大日方純夫編『近代ヨーロッパの探求 警察』(ミネルヴァ書房、2012年)の一部として発表した。
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