本年度は、昨年度行った国民の司法参加制度の意義の再構成についての研究の総括を踏まえて、この研究をさらに深化させるとともに、新たな研究課題を発見した。(1)共和主義的憲法理論ないし討議民主主義理論の精緻化に関しては、共和主義の憲法理論研究者として名高いサンスティン(C.Sunstein)の思想世界を理解すべく、彼の近時の研究課題の1つである「行動主義的な法と経済学」という新たな学問領域をわが国へ紹介した。(2)裁判所の権限行使の民主的正統性をめぐる議論の整理と展開に関しては、学会報告の記録を法学研究及び法政論叢に掲載したほか、この問題を総括的な研究を論文としてまとめた。(3)裁判所の司法権行使の民主的正統性の共和主義的憲法理論による基礎づけの可能性の検討に関しては、裁判員制度が始動して以降に顕出した問題について、司法権の民主的正統性の問題と合わせて検討した論文をジュリストに掲載した。 検討の過程で、米国で共和主義的な討議が実際に展開された憲法制定会議において弾劾制度について深く論じられていることを発見し、司法府に対する民主主義的な牽制手段としての弾劾制度が重要な問題であることを再認識した。そこで、合衆国憲法2条4節にいう弾劾されるべき罪の意義と判断主体について検討する論文と、わが国の裁判官弾劾制度をめぐる憲法上の論点を整理する論文を執筆した。 国民主権国家では、裁判所は直接的ないし間接的に民主的正統性を調達する必要性がある。とはいえ、国民の直接的な刑事裁判への参加を、司法の単純な民主的正統化手段と位置付けることは理論的には妥当でない。裁判員制度を単純な民主主義の理論から説明することの不当性を論証するとともに、共和主義的憲法理論ないし討議民主主義理論の見地から、民主的司法のディレンマ問題に関しては、弾劾制度をはじめ、多角的な視点から議論することが必要であると考えるに至った。
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