本年度は、国際裁判における判決理由義務の形成過程を歴史的・実証的に分析する研究を行った。研究の成果は以下の点にまとめられる。 第1に、伝統的な国家間仲裁裁判では、仲裁人(=主権者)の権威を保持するために、判決理由の記載が求められていなかったことが、実証研究から明らかになった。加えて、その後、1899年ハーグ条約前後から判決理由の記載が一般化することが明らかになったが、この転換の法的な意義については、来年度以降の研究課題である。 第2に、国際司法裁判所(ICJ)の判例研究を行い、その判決理由(司法推論)における先例の位置付けについて検討した。具体的には、判例上、仮保全措置命令における権利保全要件を検討した結果、近年の判例では、実体的権利の合理的見込みが要求されるようになっていると同時に、仮保全権利と本案権利の間の関連性も要求されるようになっていることが明らかになった。 第3に、ICSIDを中心とする国際投資仲裁の裁定例を検討することにより、その判断理由において、実質的な判例形成が行われていることが明らかになった。特に、従来は、投資損害に関する補償と賠償の関係に関してはホルジョウ工場事件判決(PCIJ)以来、区別説が採用されてきたが、近年の投資仲裁判例では、むしろ同一説が採用されつつあることが明らかになった。投資仲裁自体は、私人(投資企業)対国家の形態であるが、上記の結論は、「研究の目的」である国家間裁判の法理への類推が十分に可能であり、国際法上の損害賠償論にも大きな示唆を与えるものと考えられる。
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