本年度は、前年度に行った理論的な概念設定の妥当性を実行の検証を通じて明らかにするため、国際的平面における判決実現過程を対象として実証的な分析を進めた。具体的には、外交的手続との連結が必要とされる「交渉命令」を取り上げ、関連判例を分析することで、同命令の意義と限界を検討した。 まず、判例上、判決履行の交渉に関して当事者が合意している場合に交渉命令がみられた。ガブチコヴォ・ナジマロシュ計画事件では両当事者が判決後にその履行について交渉することを付託合意中で明示的に合意しており、カリブ海における領土および海洋紛争事件(ニカラグア対ホンデュラス)でも両当事者は3海里までの領海境界画定を交渉により解決することに合意していた。北海大陸棚事件では、裁判所には「境界画定に適用される国際法の原則と規則」の宣言が求められており、こうした確認的宣言請求の定立からは判決後の当事者交渉が黙示的に合意されていたといえる。 また、当事者の合意がない場合でも交渉命令はなされており、その際には紛争主題の特質によって同命令は根拠づけられていた。例えば、アイスランド漁業管轄権事件では、交渉が漁業資源の衡平な配分という紛争主題に内在すると判断された。なお、判決後の交渉に合意がある場合(北海大陸棚事件)でも、交渉命令に際して紛争主題の性質(大陸棚の境界画定)が正当化の根拠として言及されている。 上記諸判例の分析からは、交渉命令という判決形態は当事者の合意および紛争主題の性質によって正当化され、それら2要素を実質的に具備しない場合は有効に機能してこなかったことが確認できた。このことは交渉命令判決が判決の強制(「執行」の側面)を希薄化させることによって判決内容実現の実効性を高める方策であることを示唆しており、それゆえに交渉命令は当事者間交渉を援助する裁判所の調停的役割の発現として位置付けることが妥当であると考える。
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