平成21年度には、WTO(世界貿易機関)の紛争解決手続における経済的事象に関する事実認定が問題となった場合に、経済学的手法を用いることの有用性・問題点について検討した。特に、被申立国のWTO協定違反が紛争解決機関によって認定されたにもかかわらず、その違反行為が是正されないときに、申立国がとる対抗措置の規模を決定する仲裁手続において、経済モデルを用いて申立国がどのように立証しているかを分析した。その結果、近時では経済モデルの使用が定着しているが、具体的にどのようなモデルを構築するかには加盟国間でのアプローチの相違が明らかになった。とりわけ、現在、手続が進行中の、米国-ゼロイング事件・対抗措置仲裁(DS294;DS322)では、申立国であるEUと日本がそれぞれ対抗措置の申請を行っており、仲裁がどのような判断を下すか注目される。EC本部の法務担当者及びエコノミストにインタビューを行ったところ、ECは従来よりも簡便な経済モデルを用いて立証しようとしており、それによって経済モデルの構築に伴うデータ収集の困難さや高いコストを回避しようとしていることが分かった。同事件において日本は異なるアプローチをとることが予想されるが、仲裁の決定は平成22年度中に下される見込みであるため、その決定を分析することが平成22年度の課題の一つである。その他の事例の分析からも、経済モデルを用いることの有用性は一般的には認められつつあり、現在は、妥当な立証責任の負担のレベルが模索されていると考えられる。
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