平成22年度と平成23年度においては、平成21年度に引き続き、WTO紛争解決手続における法廷経済学的な事実認定手法を分析した。最も重要な事例としては、補助金協定5条における「著しい害」の立証に関するEC-エアバス事件と米国-ボーイング事件であった。エアバス事件においては補助金の効果に関するシミュレーションモデルが「著しい害」の証拠として採用されたのに対して、ボーイング事件ではシミュレーションモデルが証拠として採用されなかったが、両者の違いは、シミュレーションモデルが依拠する仮定が適切であったかどうかであることが判明した。したがって、どの程度の信頼性のある仮定を置けば良いのかが、立証責任を分配する上で重要になることがわかった。また、こうしたシミュレーションモデルの構築をサポートするコンサルティング会社にインタビュー調査を行い、経済学的手法は、国際貿易に関連する事象の事実解明について複数の可能性を提示することができ、経済学の専門知識を持たない法律家に対しても、経済学モデルの内容と計算結果を十分説得的に理解させることは可能になりつつあることが判明した。ただし、この点については、計算結果の正確性を求めて経済モデルの内容が複雑になればなるほど、専門家以外には理解が難しく、「ブラックボックス化」する恐れがあるため、一概に経済学的手法の結果を採用することの危険性もある。また非専門家に理解しやすく単純化した経済モデルを用いると、事実解明の正確さを犠牲にすることになりかねない。したがって、この両者のバランスをとることと、紛争解決に当たる法律家にも一定の経済学に関する知見が必要になる。
|