WTO(世界貿易機関)の紛争解決手続における経済的事象に関する事実認定が問題となった場合に、経済学的手法を用いることの有用性・問題点について検討した。特に、被申立国のWTO 協定違反が紛争解決機関によって認定されたにもかかわらず、その違反行為が是正されないときに、申立国がとる対抗措置の規模を決定する仲裁手続において、経済モデルを用いて申立国がどのように立証しているかを分析した。その結果、近時では経済モデルの使用が定着しつつあるが、具体的にどのようなモデルを構築するかについては様々なアプローチがありうることが明らかになった。経済モデルを用いることの有用性は、WTO 加盟国の間で一般的には認められつつあり、現在は、妥当な立証責任の負担のレベルが模索されていると考えられる。またWTOでは、補助金協定5 条における「著しい害」の立証に関しても、経済モデルを利用することが定着しつつある。経済学的手法は、国際貿易に関連する事象の事実解明について複数の可能性を提示することができ、経済学の専門知識を持たない法律家に対しても、経済学モデルの内容と計算結果を十分説得的に理解させることは可能になりつつあることが判明した。ただし、この点については、計算結果の正確性を求めて経済モデルの内容が複雑になればなるほど、専門家以外には理解が難しく、「ブラックボックス化」する恐れがあるため、一概に経済学的手法の結果を採用することの危険性もある。また非専門家に理解しやすく単純化した経済モデルを用いると、事実解明の正確さを犠牲にすることになりかねない。したがって、この両者のバランスをとることと、紛争解決に当たる法律家にも一定の経済学に関する知見が必要になる。
|