本年度は、EU諸国の差別法制を中心に検討を行った。第1に、性別、パートタイム、有期労働契約等を理由とする差別に関するイギリス裁判所とEU裁判所の判決の分析を、関連論文・書籍を収集し読み込むことで、さらに深めることができた。特に、職務内容以外の要素での賃金格差の正当化に対し裁判所は慎重な立場を示していること、その一方で裁判所は勤続年数を理由に賃金に差を設けることについて適法と認めていること、職務内容や雇用類型が正社員・男性など比較対象者と同一であることが救済の前提となるところ比較対象となる者を見つけるのが困難であることなどから、差別禁止アプローチによる解決には限界があると認識されていることも明らかにした。第2に、この点に関連して、EUレベルの労働組合・立法担当者・イギリスの研究者へのインタビューを通じて立法過程の議論を辿り、雇用形態間を理由とする差別禁止立法のインパクトは大きくないと予想されていたことを明らかにした。第3に、規制趣旨にも着目し、雇用形態間の賃金格差是正政策は、同一労働同一賃金原則を貫徹するという観点からの規制とは把握されていないように見受けられるとの分析に至った。賃金格差是正政策として日本では差別禁止アプローチの導入拡充が目指され一部実行に移されているが、以上の研究は、差別禁止アプローチは諸外国でも賃金システム全体を変更し賃金格差縮小に直ちに役立つほど強力なものではないこと、それゆえ、ほかの方策を採用する必要があることを示唆するものといえる。これらの研究成果をふまえた報告を本年度末に予定していたところ運営の都合上キャンセルとなってしまったため、次年度早々に再び報告に応募して研究成果を発表することにしたい。
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