本年度の調査は、行政調査手続ないし当該手続により得られた資料と自己負罪拒否特権の衝突が問題となったイギリスの判例、欧州司法裁判所判例および欧州人権裁判所判例等について、行政調査の中でもとりわけ競争法を中心に調査を行った。行政調査により得られた資料の刑事手続における使用の是非を論じる前に、当該調査手続自体が自己負罪拒否特権を侵害するか、つまり行政手続への適用可能性が問題となる。従来から、その行政調査から刑事訴追へとつながり、自己負罪証拠として利用されることに依拠して特権保障が及ぶというアプローチが見られたが、欧州人権裁判所を中心に、行政調査がもたらす処分の制裁的性質に依拠して当該調査にも特権保障が及ぶというアプローチが有力になっていることが確認できた。さらに、これまで「単なる事実に関する質問」と「違反行為の自認を求める質問」を区別することにより当該手続による特権侵害の存否を判断し、その後の刑事手続において証拠使用できるかどうかは別問題として捉えてきたイギリス国内裁判所および欧州司法裁判所の見解との比較検討をおこなうことにより、行政手続への特権適用の理論的根拠およびそこから導かれる射程の相異を明らかにできたことは、刑事手続における利用を論ずるための境界を示す大枠を画する重要な意義を有している。また、行政手続により提出を命じられた「既存の文書」の刑事手続における使用に関して、イギリス判例、欧州司法裁判所判例、欧州人権裁判所判例の論理を整理し、理論的な検討を行ったことは、行政調査権限が肥大化する現代における今後の特権保障の在り方を示すうえで、非常に重要な成果を得るものであった。以上を踏まえた今年度の研究成果ないし資料について、平成23年2月開催の刑法読書会および平成23年4月開催の経済刑法研究会において報告の機会を得て、特に競争法分野の専門家から貴重な意見をうかがうことができた。
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