本年度においては、事業遂行者の不法行為責任の中で最も伝統的に議論が蓄積されてきた、使用者責任法理及び関連諸法理に関する日本法及び外国法の研究に着手した。まず、日本法に関しては、使用者責任法理及び関連諸法理に関する従来の文献を渉猟し、判例・学説の内容及び傾向を概括的に分析した。この作業を通じて、(1)従来から指摘されてきた未解決の問題、とりわけ、企業責任を追及するにあたっての使用者責任法理の不都合性及びそれに付随して生じる被用者(労働者)の個人責任の問題の重要性を再確認するとともに、(2)従来の学説による対処(使用者責任法理の射程の限定と民法709条の活用等)の理論的・実際的不十分性、及び、(3)使用者責任法理及び関連諸法理を含めた事業遂行者の不法行為責任に関する責任規範の構造面・原理面における再検討の必要性等を導出した。さらに、この作業の過程では、(4)使用者責任と類似する法理として従来から認識されている国家賠償責任法理において、近時、使用者責任論にも示唆的な問題解決の方向性が見られ始めていることも判明した。次に、外国法に関しては、ドイツ法及びフランス法について、海外の研究機関等への出張等も活用しつつ、使用者責任法理及び関連諸法理に関する文献を渉猟し、その内容の詳細な分析を開始した。その結果、ドイツ法及びフランス法においては、それぞれ、(1)独自の使用者責任法理が形成されていること、(2)事業遂行における結合関係の多様化を背景として、使用者責任法理を出発点としつつ、より包括的な事業遂行者の責任法理が形成されていることが明らかになりつつある。もっとも、特に(2)については、最近の動向についての検討が不十分であり、平成22年度以降、より網羅的な文献収集を行うことで補完する必要がある。平成22年度以降、以上の成果を学術論文の形で中間的に公表していきたい。
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