今年度に行った研究は、大別すると以下の三つの方向性に分けられる。第一に、戦前の我が国において、株式取引所を規制していた「取引所法」の法目的に関する研究である。現在、金融商品取引法は「公正な価格形成」をその目的規定に謳っているが(1条)、戦前の取引所法制の下でも「公正ナル価格ノ形成」(日本証券取引所法1条)が重視されていたことが確認された。戦前の取引所は投機性の高いものであったことから、なおさら市場の公正さが重視されたと思われるが、「公正ナル価格」とは具体的な金額ではなく、自由な投資による需給に統合によって形成される価格であると主張されており、取引所に関する諸制度には「公正ナル価格ノ形成」に資するべきという観点から論じられるものがあった。戦前において公正な価格形成が強調され、価格形成を重視した立法および解釈が展開されていたという点で、現代に対して示唆に富むように思われる。第二に、戦前の「取引所法」の下での、不公正取引に関する研究である。とりわけ、今年度は関連規定の立法の沿革、および、日本法に対する外国法の影響を中心に資料収集およびその分析をした。風説の流布、偽計取引に関する規定は戦前から存在していたところ、これらの規定に関する文献では、manipulationやwashed salesなどの用語が見受けられるなど、アメリカ法の影響は明治時代から既に大きかったことが明らかとなった。一方、戦前においてはインサイダー取引に関する立法提言が複数回なされていたところ、これについては必ずしも外国法を参照してなされたものではなく、日本独自の主張であったと思われることが確認された。第三に、現行の金融商品取引法の研究である。今年度は特に風説の流布・偽計取引について、判例を整理し、現行法の下でのこれらの意義を確認した。
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