本研究は、本来は物権的な「形式権」として構築されてきた知的財産権が、さまざまな点で不法行為的な「実質権」へと変容を見せている現状、すなわち知的財産法制の「実質化」傾向を分析し、主に「法と経済学」の手法を用いつつ、知的財産法制の望ましい姿を探求するものである。 平成22年度は、昨年度に実施した物権的法制(property rules)と不法行為的法制(liability rules)の相違に関する研究を受けて、差止請求権制度の機能に関する研究を中心に実施した。具体的には、特許権侵害事例において特許権者の差止請求権を制限したことで知られる米国連邦最高裁eBay判決と、彼地におけるその後の下級審の動向について調査し、日本における差止請求権制限の前提条件について検討を行った。その成果として、後掲の公表論文において、(1)差止請求権を制限する場合には、将来の侵害行為に先立ち予め金銭的救済を認める必要性があること、(2)その法的根拠としては、損害賠償ではなく、あくまで実施の対価(継続的ロイヤルティ)として位置づけるべきこと、(3)そのような対価の支払を強制するためには新規立法を要するが、その際には既存の裁定実施権制度が参考になること、を主張した。 また、著作権法における実質と形式の乖離という観点で、書籍のいわゆる自炊問題に関する小論を発表した。さらに、国内外に出張し、文献資料からは困難な意見交換や各国の状況把握に努めたほか、関連する学会・研究会に出席することを通じて広く情報収集を行った。
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