本研究の目的は、中曾根康弘政権による米ソ中距離核戦力(INF)削減交渉への外交的関与を史料と証言から解明することを通じ、国際安全保障問題に対する日本の貢献を外交史の視点から論証することである。当該年度においては、平成21年度に実施した外務省史料及び米ソ首脳会談史料の収集と分析、中曾根元総理へのインタビューを踏まえ、先進国首脳会議(サミット)での首脳外交の成功要因と、それがINF問題における日本外交当局の発言権を強化するに至った経緯を明らかにするため、世界平和研究所が所蔵する未公開史料の閲覧と分析、元首相秘書官、外交官への聞き取り調査を実施した。その具体的内容は、第一に中曾根政権の核軍縮外交には、INFの全地球規模での廃絶=東西安全不可分という原則を西側諸国に浸透させた特徴があること。米製INFの西欧配備(1983年)とアラスカ配備(1987年)に自ら政治的支持を与え、ソ連側の核軍縮に対する交渉姿勢を改めさせたという戦略的重要性があることを日米露の史料から解明したことである。第二に、ソ連を真剣な交渉の席に着かせようとした中曾根外交の戦略性が、事務レベル交渉にもプラスの影響を与え、日本の提案がアジア部INFの80%削減とソ連政府のINF全廃の受諾に強い印象を持って迎えられたことを論証した。本研究の意義は、首相の外交指導力と戦略性が、国際安全保障問題に対する日本の課題設定能力の発揮に大きく作用し、それが外交当局の問題解決努力を活性化させ得ることを実証的に解明した点にある。今後、本研究の分析枠組みを応用して、中曾根政権期のみならず、同じく首相の外交指導力が国際安全保障問題への対応をめぐり試されることとなった小泉純一郎政権期についも検討を加えられれば、本研究に現代的な重要性を付与することができる。
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