近年、国内外を問わず、物、人、企業の地域間移動は活発になり、地域経済間の結びつきが強くなっている。こうした結びつきの強化が、各国、各地域、そして各都市の労働市場にどのようなインパクトを与えるかを明らかにし、その意味を考察することが本研究の目的である。 今年度は、以下の二つの事柄についての分析結果を得た。まず、人々のスキル形成を明示的に取り込んだ貿易モデルを構築じ、貿易の活性化が、スキル形成および賃金格差にどのような影響を及ぼすのかを理論的に分析した。その結果、貿易の活性化が、人々の消費財の利用可能性を広げて同じ名目所得から得られる満足度を引き上げる効果を持つことから、高い所得を得る動機を高め、スキル形成を促すことを明らかにした。こうした貿易の効果は従来の研究では指摘されてこなかったものであり、実際の貿易政策を議論する上で重要な視点を提供するものと言える。 次に、空間経済学の枠組みを用いて、地域の市場規模が、人々の起業行動にどのような影響を持ちうるのかを理論・実証両面から明らかにした。理論分析の結果、市場規模の違いは、起業行動に次のような効果を持つことが明らかになった。まず、大きな市場規模は、規模の経済を活かせる環境であること、そして、情報のスピルオーバーなどの集積の経済を享受できることから、起業を促す。しかし、大きな市場においては、企業間競争が活発であるため、起業が抑えられる可能性がある。大都市のような市場規模の大きな場所で起業が盛んに行われるかどうかは、これらの相反する効果の相対的な大きさに依存する。実証分析においては、日本の都道府県データを用いて、どちらの効果が支配的であるかを検討した。その結果、非常に大きな都市と非常に小さな都市では、集積の経済の効果が支配的であり、中程度の規模の都市では競争激化の効果が支配的であることが分かった。
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