本年度は戦前期日本の電気機械工業における組織構成員、特に技術系職員と労働者の有する技術的知識やスキル、および彼らが相互作用を通じて技術的知識を創造する過程に関して実証分析を進めた。その結果得られた知見は次の通りである。 (1)明治末期から大正年間に技術的知識に関わる高等教育を受けた人々が企業組織にて人工物の設計あるいは製造の担当者としての職位を与えられた時、彼らは高等教育機関にて習得した技術的知識およびスキルを活用しつつ独自の人工物を現出させていった。そうした技術的知識およびスキルには、既存の人工物の見聞きにより、人工物およびそれを構成する諸部品の性能について工学的に理解できること、またそれに基づき設計に必要な仕様という数値をともなう情報を創出できることが含まれた。 (2)上記の人々により人工物が創り出された当初、不具合現象が生じることがあった。こうした時、技術系職員としての彼らは、そうした不具合現象を工学にて使用される概念を用いて理解し、再度それをもとに仕様化を行い、人工物を機能するものに変換した事実が確認された。またこれとは別に、労働者層の人々が工学的思考を必ずしも伴わない経験をもとにした思考を通じて、人工物を機能するものに変換した事実も確認された。 (3)高等教育機関出身の技術系職員のうち一部の人々は、上記の技術的知識の生成に加えて、いわゆる現場組織の管理者としての職務を果たしたことが確認された。つまり彼らは現場に常在し、部下たる工員に関心をもって組織を規律づけ、人工物およびそれを作業対象とする工員の両者を含めた作業組織全体が適切に機能するように、その管理運営の職責も果たした。
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