本研究の目的は、戦略変更が、なぜ難しいのかについて、単にその難しさの原因を特定するのみならず、戦略変更が、いかに行われるのかという変更プロセスの丹念な記述を通じて分析することにより、戦略変更を行う経営主体が利用できる診断ツールの開発を目指すものである。 当該年度は、戦略変更のケース収集の一貫として、富士通株式会社および日本IBMのケース分析を行った。富士通に関しては、1970年前後の独自のアーキテクチャ(設計思想)のマシンからIBM互換マシンへの軸足の変更を、日本IBMに関しては、1990年代初頭のダウンサイジングの影響による既存事業の業績悪化に対するリストラクチャリングを中心にケース記述を行った。どちらもトップマネジメントによる戦略のビッグ・スイングにより活路を開いたが、その背後には、トップのそれまでのキャリアのなかで得た確信が戦略変更を導いた。そうしたキャリア上の経験・確信が能動的に獲得されたもの(組織への反抗のなかで見いだされたもの)なのか、受動的に獲得されたもの(前職での経験で退路をふさがれた結果出てきたもの)なのかは今後さらなる研究が必要である。 なお、戦略行為主体たるトップと、戦略行為の客体たる外部環境との間には、ある種の相互作用が生じ、生物学で言う共進化の関係を築くことがある。これらは経営主体にとっては、意図せざる負の結果、つまり、事前に明確な意識がないなかで、一種無意識的に構築された負の関係に至る場合がある。そうした関係性は、戦略経営論の研究者、ロバート・バーゲルマンが言う「共進化ロックイン」と同様のものである。バーゲルマンは事後的に確認できる「共進化ロックイン」を戦略行為主体のインプリケーションとして役立てようとしたが、報告者は、現在「共進化ロックイン」のプロセスを詳細に辿ることで、意識的にロックインに抗う分岐を伴った「ロックイン打開可能性」を模索している。その一部は「関係性の経営史」と銘打った試論として展開させて頂いた。
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