研究概要 |
本年度では,第1に,書籍再販制度に関する理論の再発見と再構成を行なった。とりわけ,1960年代に英国の書籍再販制度,通称NBA(Net Book Agreement)の成立をサポートした「補填理論」と,それに対する批判的議論の展開が整序された。また,補填理論の思想的背景には「Books are different(本は違う)」という考え方があり,「(市場性に乏しい)希少本」とそれを在庫として取り扱う小規模な書籍専門店の社会的重要性を前提とした,書籍に特化した(すなわち書籍業界に特殊的に適用される)議論であることが明らかとなった。同時に,この理論は1990年代のイギリスにおける書籍再販制度撤廃時や同時期の日本において再販制度の見直しを公正取引委員会が示唆した際にも,再販制度擁護派によって利用されていることが確認された。また,同様の議論は20世紀全体を通じて,アメリカではほとんど見られず,とりわけ1960年代以降のイギリスおよび日本特有の議論であることが判明した。そして同時期のアメリカにおいて主流であったフリーライダー仮説は,書籍業界の再販制度の妥当性を担保せず,極めて適用範囲の狭い理論であることが広範な学説研究によって明らかとなった。このことは,とりわけ我が国ではほとんど知られていない事実であり,書籍再販制度の経済理論の構築にとって極めて重要な知的基盤であると考えられる。 第2に,主に我が国の書籍再販制度の妥当性を主張する,返品制に関する学説の再検討を行った。そこでは返品のリスクを出版社が負っているのであるから,再販売価格維持を行う権利が認められるべきとの主張が展開されているが,我が国の返品制がすでに制度疲労を起こしており,いまや返品制が出版社にとって重荷となっている事実が学説内で考慮されていないことが確認された。こうした問題意識は,現在,我が国において主要な,書籍再販制度の経済理論に変わる新たな書籍再販の経済理論を構築する手がかりになることが期待される。
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