平成22年7月に出版された太田康広編著『分析的会計研究~企業会計のモデル分析~』の第9章「移転価格税制における二国間事前確認制度(BAPA)のモデル分析」を執筆した。さらに、平成22年8月にサンフランシスコで開催されたアメリカ会計学会(2010 AAA Annual Meeting)で学会報告をした。この学会は、会計学では世界一権威のある学会であり、討論者は当該分野で世界トップクラスの業績を残しているRichard Sansingであったため、大変貴重なコメントをいただいた。本研究の一番の貢献は、Tomohara (2004)及びWaegenaere et al.(2007)で外生的に取り扱われていたBAPAによって決定される移転価格を内生的にモデル化したことである。本研究の主要な結論は以下のとおりである。第1に、多国籍企業が申告移転価格と取引移転価格を分離する場合において、交渉移転価格は市場規模が大きくなるほど低くなり、2国間の税率差が大きくなるほど高くなる。第2に、多国籍企業が申告移転価格と取引移転価格を一致させる場合において、交渉移転価格は市場規模が大きくなるほど低くなり、2国間の税率差が大きくなるほど低くなる。第3に、内部移転価格を申告移転価格に一致させるコスト(コンフォーミティ・コスト)は、税率差に関して増加的となる。今後の課題として、課税当局と多国籍企業の間に情報の非対称性があるモデルへの拡張が考えられる。たとえば、課税当局が企業の収入関数について限られた情報しか持たない場合、相互協議によって決められる移転価格は税収を最大化していない可能性があり、企業の税負担を減少させるかもしれない。さらに、課税当局間の交渉のモデル化が考えられる。この場合、事前に企業が税率の低い国家の課税当局と交渉を行うことによって、企業に有利な移転価格が設定される可能性がある。
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