当該年度の研究目的は、(1)ディスアビリティ・スタディーズの先行研究において知的障害・発達障害の困難経験がどのように概念化されてきたのか、またそれは社会モデルの認識枠組みとの関係でどのように位置付けられてきたのかについて、整理・分析すること、(2)フェミニスト障害学が提起してきたインペアメント(身体的経験)の無視や私的・個人的な領域における困難経験の軽視は社会モデルの理論的・認識論的前提とどのような内的関連性を持っているのかについて歴史的・文化的文脈を踏まえて検討すること、を主な焦点として文献調査を行った。 国際人権法学、ジェンダー・スタディーズ、実験経済学等諸分野の関連研究者とのシンポジウムやワークショップを適宜開催しつつ研究を進めた結果、(1)については、先行研究においては必ずしも十分に展開されていないのだが、知的・発達障害の不利益経験について理論化するに当たってはポスト産業社会に特徴的な流動性の高い労働市場や、それを支えるポスト近代的な能力観との関連においてディスアビリティ現象を把握する必要があり、その点で従来の社会モデルに基づくディスアビリティ理論のアップデートが求められることが明らかになった。また(2)については、私的・個人的な経験を無視・抑圧する契機が社会モデルに内在しているとは必ずしもいえないものの、社会モデルが権利主張と一体となった運動論的・政治的実践性という基準によって評価される文脈に置かれることによって、そうした経験を軽視ないし脱価値化するものとして機能してしまっていることが示された。
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