これまでの文化心理学の研究は、内省指標や行動指標を用い、心の性質の文化依存性を示唆してきた。一方、本研究では、ERP(事象関連脳電位)を指標として用い、脳内基盤への文化による影響を検討する。本年度は、P300(300ms程度の潜時で発生する陽性電位のことであり、刺激出現に対する注意の程度を反映)を用いた自己概念に関する実験を日本で行った。まずこの実験にあたって、Anderson(1968)による555語の性格特性語のリストを用い、その語の意味の肯定・否定の調査を日本人参加者に対して行った。そしてその結果に基づき、アメリカ人参加者を対象としたAnderson(1968)の評定値と今回の日本での評定値の間に差がないよう、肯定的な意味の単語を50個、否定的な意味の単語を50個選定した。その上で、oddball paradigmを用い、12名の日本人参加者に対し、中性的な意味の単語(本研究では植物名)を高頻度に、肯定的もしくは否定的な意味の単語を低頻度にランダムに呈示し、出てきた単語が肯定的であれば左ボタンを、否定的であれば右ボタンを押すよう教示した。そして参加者は最後に、ローゼンバーグの自尊心尺度や日常の感情経験に関する質問紙に回答した。結果は、低頻度に呈示される肯定的・否定的な単語に対してのほうが、高頻度に呈示される植物名の単語よりもP300は大きかった。さらに、自尊心尺度の評定値をもとにその高低で参加者を分けたところ、低群では、否定的な単語に対するp300の程度が肯定的な単語に対するそれよりも大きかったのに対して、高群ではその傾向が見られなかった。特にこの差異は、CPzとPzで有意に見られた。また日常の感情経験において相対的に肯定的な感情を強く感じている程度に基づいて参加者を2つに分けた際にも同様のパターンが見られた。今後、追実験を行い、この知見の妥当性を確かめるとともに、アメリカにおいても同様の実験を行い、今回の日本での結果と比較する予定である。
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