2009年5月から裁判員制度が施行された。この制度では、素人である一般市民が、専門家である裁判官とともに、評議を行ない、被告人の有罪・無罪や量刑を決定する。しかし、このような専門性の程度の異なる参加者による議論においては、(1)専門家である裁判官の影響が強くなる可能性が危惧されており、また(2)そのような強い影響があるのであれば、評議前に行なわれる公判時点での弁護人・検察官の議論がどのように、そしてどの程度反映されるかは不明である。(3)弁護人・検察官が感情的な弁論を行なった場合、評議において裁判員が非合理的な理由で主張する可能性もある。そこで、本研究では、弁護人の主張として裁判員に提示する文章に3種を設けて、その条件の違いが評議にどのように影響するかについて模擬評議実験を行ない、また説示のタイミングを検討するために、説示時期に関する質問紙調査を行なった。模擬評議実験では、弁護人の主張として、物語型、物語&論点型、論点型の3種を用い、事案は、正当防衛を主張している殺人被告事件を用いた。その結果、参加人数が少ないこともあって統計的な差はなかったが、物語型を加えた方が、粘り強く、被告人に有利な判断を下すことのできる可能性を裁判員が慎重に検討する傾向があると読み取れた。また、論点についての主張があることによって主張の形式(主張の非理由性)にも多少の違いが認められた。このことは、いわゆる争点部分の法的な評価以外でも、弁護人の主張の内容や主張の仕方が、評議体の議論にある程度影響を与えることを示していると言える。また、裁判員の主張の、法への適合性については説示時期が影響している可能性が示された。
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