本年度は本調査Iおよび本調査IIの分析と考察を中心に行った。両調査に参加し箱庭を制作した調査協力者(箱庭群)と、本調査Iのみの調査協力者(非箱庭群)とに分け、事例研究を行った結果、以下の点が示唆された。箱庭に親和性を示さなかった非箱庭群は、アレキシサイミア傾向のTAS-20の得点が低く、面接では他者(家族、友人、恋人)の支えやライフワークの重要性が多く語られ、病いによる自身の変化や、大きな困難を乗り越えた過去と主体的に生きる自信が自発的に語られた。また語り自体がイメージ的で、そのイメージが支えとなる事例もあった。それに対し、箱庭に親和性を示した箱庭群は、TAS-20の得点が高い傾向があり、面接の語りから、一人で何もかも抱えて頑張り、心身の乖離(頭優位でからだの声を無視するあり方)のテーマを抱えてきたことがうかがわれた。また治療経過でホルモン療法など身体の不調に伴い揺らぎが大きくなっていた。箱庭制作を通して子ども時代の思い出やこれまでの自分自身の生き方の内省が語られ、今の自分や将来なりたい自分を表現し、自身の過去、現在、未来をつなぐ心の作業が生じていた。さらに、今まで気づかなかった自身の本質の気づき、からだと頭の乖離や自己の二面性についての気づきの語りが生成したり、イメージレベルだけでなく現実でも他者との関係性をつなぎ直す動きが生じたりした。調査Iのバウムで境界の不安定さが示唆されたとおり、乳がんという病いは自己が揺らぐ体験だが、その自己の全体性を恢復させるものとして、他者やライフワークといった現実での心理的支えだけでなく、箱庭というイメージを用いた心理療法が大きな意義をもつことが示唆された。乳がん者の心理的援助では、長期的な視点から個々のニーズを見立て、言語面接やグループだけでなく、箱庭をはじめイメージを用いた心理療法をも提供し、多層的に支援を行うことが重要だと考えられる。
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