研究概要 |
年度当初予定していた発表媒体とは異なる部分はあるが、基本的に当初計画したものは、成果をまとめることができた。それらをまとめると、以下のようになる。 教育選択に及ぼす因果効果の測定について、傾向スコアを用いた分析結果は、5月のComparative and International Education Societyの大会で発表し、政策的インプリケーションなどについてのコメントを得るなどの収穫があった。また8月のInternational Sociological Association,Research Committee28の会合では、当初の予定通り、教育選択の、特にドロップアウトのような逸脱ケースを取り扱ったイベントヒストリー分析を発表したが、発表により新たな分析課題が見つかったため、公表内容のブラッシュアップを行い、再度修正したものを発表しようと考えているところである。 本研究の課題は、国際的には一種の流行のようなものがあり広く議論されているが、日本では必ずしもそうではない。そこで相対リスク回避などを含む教育社会学での合理的選択モデルについて、教科書の分担執筆を行ったほか、こうした分析に欠かせないパネルデータ分析の意義について、レビュー論文を執筆した。また2005年SSMのデータを用いた分析結果の論文も、共著書の1章として公刊された。 日本の教育社会学においては、まだ相対的に当為的・価値的な分析や研究が好まれる傾向があり、精緻なモデルに基づく実証研究が弱いと筆者は判断しているが、特に計量分析分野では関心や対象が経済学と重なる部分も多く、そういった隣接分野とのコラボレーションによって状況が大幅に改善されていることも実感している。教育社会学における合理的選択理論の適用は、したがって世界的な趨勢から見ても経済学的な分析手法を利用するケースが多く、因果効果の推定、パネルデータ分析の利用は必須要件となりつつある。日本ではまだこれらの視点が定着しているとは言えないが、その定着に向けた第一歩としての業績を積み重ねることはできたのではないか、と考えている。これまで通常用いられてきている回帰分析の手法は、撹乱項との無相関が前提とされているが、実際の分析モデルをみるとその前提が満たされているか疑わしいケースが多い。また理論的な詰めが甘いため、回帰分析において何の因果効果を説明したいのか、統制変数は何なのかをきちんと区別していない分析が多い。合理的選択理論を用いるためには、個人の選択に対し何が直接の因果効果をもたらすのかを明瞭にするのは前提であり、思いつく説明変数を何でも同時に投入して考慮すればそれでよい、というようなものではない。傾向スコアやパネルデータの分析を行う上では、以上のような点を理論的に明確にしておくことが不可欠なので、分析手法だけが先走って現実から乖離するというより、むしろ理論と実証の関係をより厳密に考える必要が出てきた、という点で、むしろトレンドとしてはよい方向に向かっているといえるだろう。
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