研究概要 |
本研究は,探究的な算数・数学の授業を考案することを最終的なねらいとしている。探究的な算数・数学の授業とは,推測の段階と正当化の段階のサイクルから成る授業であり,子どもが能動的にそのような思考を行う授業のことである。推測の段階では,アブダクションが重要な役割を担っているけれども,そのとらえ方や意義,機能が明確になっているとは言い難い。これらの点を明確にすることが,算数・数学の授業を考案する際の基盤となるであろう。 そこで本研究は,探究的な算数・数学の授業における推測の段階に焦点を当て,アブダクションを観点とした算数・数学の授業の分析を行うことで探究的な授業における推測の段階への示唆を得,それに基づいた授業の構成及び実践的検討を行うことを目的とする。 本年度は,この研究の一環として,主に文献解釈・授業分析によって推測の段階の分析を行った。特に,アブダクションの提唱者であるパースの「図式的推論」の概念に基づいて,実際の数学の授業(因数分解)を記号論的に考察することにより,次の二点を明らかにした。 一つは,図式的推論における観擦の段階で,「受け入れられない経験」が生じるときがあり,そのような経験によってアブダクションが生じ,推測の段階を乗り越えて正当化の段階へと進む契機となりうるということである。したがって,受け入れられない経験が,探究的な算数・数学の授業においては重要な位置を占めるということが示唆される。 二つは,受け入れられない経験によって生じるアブダクションには,変容と翻訳という二つの種類があり,それぞれの特徴が異なるということである。前者は,図式的推論にける実験の段階を見直し,図式に対する解釈を変えることであり,後者は,図式的推論における図式そのものを見直し,新しい表現を導入することである。これらの特徴をふまえ,推測の段階を構成する必要があることが示唆される。
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