本研究では、a.教科書教材の分析 b.研究者・実践者におけるパラダイム意識の分析 c.実践/研究個体史の析出の三本の軸を設けている。aとしては、昭和45年に改訂された学習指導要領における科目「古典II」の教科書について、その設計思想と評価を中心に検討を行った。「古典II」は、「精選された作品」を取り扱う科目として設計された。これは、従来の雑纂型の教科書では、「深く読み味わう」ことが達成されづらかったためである。しかし、実際には、大学入試に対応しにくい点(従来の漢文教育パラダイム)からの批判が多く、結果的には雑纂型の教科書を求める声に押されていったことが明らかになった。bとしては、漢文教材の多重性の問題に関する認識を検討の中心におき、昭和30年代後期から昭和40年代にかけて、研究者・実践者がどのようなパラダイムで「古典としての漢文」を認識していたかを検討した。結果、中国文学というパラダイムに基づく漢文学習の考え方が主流を占めたことが明らかになった。その背景には、漢文科という独立領域を保とうとする教科アイデンティティの存在があり、国語科というパラダイムから漢文学習を捉え直そうとする立場からは、その態度への批判があったことがみとめられた。cとしては、江連隆の実践/研究個体史について、その問題意識が系統性と他領域との親和という視点から、漢文学習独自の意義の探究という視点へとシフトしていることを明らかにした。また、この検討については、bにおける研究の視点と複合して、昭和30年代における安定した状況から、昭和40年代における不安定な状況へと、漢文教育思潮の置かれている状況が変化したことを示すものだということを明らかにした。 以上、本年度の成果は、三本の軸の成果を相互に参照することによって、背景状況と研究個体史や教科書教材との関連性について明らかにすることができた点にある。
|