本年度は、昨年度に明らかにされた2つの研究課題、(1)障害のある子どもの入学希望先が現地校ではなく日本人学校であったという事実の背後にある地域の状況、(2)同校が入学希望に対応することとなった学校運営の実態について解明することに焦点をおいた。本研究の対象時期の資料によると、受入国であるシンガポール政府は、自国民の教育を受ける権利について十分に保障しきれていなかった。この状況に加え、この間の在留邦人は、長期滞在者の占める割合が最大99.5%(最小98.5%)であり、かつ、民間企業関係者の占める割合が最大94.2%(最小88.4%)であった。経済状況の影響を受けやすい民間企業関係者が多かったことは、受入国の教育制度へ自らの教育要求を反映させるための継続的な働きかけを行いにくくするものであったと考察される。ただし、保護者の大半が長期滞在の民間企業関係者であることをもって、私立である日本人学校に、障害のある子どもの入学希望が出されやすいとは判断できなかった。日本人学校に対する日本政府の公的補助について分析したところ、日本国内の公立学校と同等とはいえないものの、私立学校に対して行われる以上の公的補助が実施されていた。特に、日本人学校の教員確保を支援する教員派遣制度では、日本国内法で定められる教員数の約8割を目安に、国公立学校等からの教員派遣経費が全額公的に補助されていた。実質上「公立学校」として保護者に受け取られやすい状況であったといえる。他方、学校が障害のある子どもの入学希望に対応した背景には、学校側に校長をはじめとした日本国内で公務員の身分を有す派遣教員がいた。同校における保護者等の自助努力に支えられた障害児教育萌芽期の資料からは、これらの教員を介して、障害のある子どもに関する日本人学校での教育機会の重要性が、学校運営委員会においても理解されるようになったことが明らかになった。
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