超伝導ギャップ構造は、超伝導発現機構を考える上で最も重要な情報の一つであり、またその超伝導体で起こる興味深い超伝導現象の理解の基礎ともなる情報である。我々は擬一次元かつ強相関の超伝導体として長く注目されてきた有機導電体TMTSF系の超伝導を研究してきたが、本年度は以下の原理によってこの系の超伝導ギャップ構造を特定するため、この物質の単結晶の比熱の磁場方向依存性を測定した:磁場中では電子のエネルギーに渦糸周りの超伝導電流によるエネルギーシフト(ドップラーシフト)が生じ、超伝導ギャップにゼロ点がある場合はゼロ点近傍で準粒子励起が生じる。この準粒子励起は比熱を若干増加させる。準粒子励起強度はギャップのゼロ点におけるフェルミ速度と磁場のなす角度に依存して変化するため、比熱の磁場方向依存性には振動が生じる。この振動を解析することで、超伝導のギャップ構造が明らかになる。しかし、擬一次元の超伝導体では、ドップラーシフト由来の比熱の振動が上部臨界磁場の異方性に起因する振動と合わさった形で観測されてしまうなどの実験的な困難があるため、これまで報告された例はなかった。 われわれは、高感度の比熱測定により、(TMTSF)_2ClO_4の比熱の磁場方向依存性に僅かな変調が起こることを見出した。この変調と、バンド構造をあわせて解析することにより、この物質のギャップのゼロ点位置を特定することに成功した。これは、擬一次元の超伝導体でのドップラーシフトの原理による超伝導ギャップ構造の解明の初めての成功例である。 この結果は現在Nature Physics誌に投稿済み・査読中である。また、この成果に関して、2011年度以降の国際会議への招待講演の依頼を2件頂いている。
|