研究概要 |
本研究の目的は,遷移金属酸化物等の強相関電子系における光励起状態の非平衡緩和ダイナミクスを,密度行列繰り込み群法(Density Matrix Renormalization Group,DMRG)を応用した大規模数値計算によって詳細に調べることである.研究成果は強相関エレクトロニクスのための基礎学理の構築に加えて,強相関電子系における非平衡統計力学の発展にも寄与する.具体的な研究項目は,(1)一次元モット絶縁体における超高速緩和過程の解明,(2)多軌道系における光誘起スピンダイナミクスと角運動量保存則,(3)擬二次元系における時間発展DMRG法の開発,である.本年は最終年度ということもあり,(1)から(3)の全ての課題に対して論文という形で研究成果を得た.先ず(1)の一次元モット絶縁体の光誘起現象に関しては,量子化されたフォノンと結合する強相関電子系の光励起状態及びその緩和の初期過程を明らかにした.緩和過程では,比較的電子格子相互作用が小さい場合においても,基底状態に比べて非常に多くのフォノンがかなり早い時間スケールで励起され,緩和のエネルギー散逸に寄与することが分かった一次元相互作用系では一般に低エネルギー領域でスピンと電荷の集団励起が分離するが,高エネルギー領域では必ずしもそれが保障されない.今回の計算では,非常に強励起状態においてもスピン電荷分離の描像が成り立ち,緩和の源は強相関系のスピン励起ではなくフォノンであることが明らかとなった.半導体との大きな違いは,強相関系は基底状態において電子格子相互作用の影響が大きいが励起状態ではむしろ逆で,キャリアがポーラロン化せずにフォノンが緩和バスとして有効に働くことである.(2)の光誘起スピン状態自由度転移に関しては,低スピン・バンド絶縁体への光照射が,高スピン状態と光誘起ホールの束縛状態を作ることを見出した.この結果は最新のコバルト酸化物に対する実験結果をよく説明し,米国Physical Review Letter誌に論文が掲載された.(3)の方法論的展開については,量子エンタングルメントや時空の幾何学構造の制御を念頭に置いた波動関数の構成法が確立した.具体的な光物性への応用には手が届かなかったが.これは興味ある今後の課題である.
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