研究概要 |
最終年度である本年度は主に,遺伝子発現制御系の確率モデルの動的な性質に関する研究を実施した.遺伝子発現制御系については実験的研究がかなり進められており,その機能の発現の際に,サイズの小ささに起因する揺らぎの影響を無視することはできないという知見が得られている.理論的には確率モデルを厳密に解くのが困難であることもあり,主に数値計算によって揺らぎに関する研究が実施されている.しかし,数値計算では複雑な遺伝子発現制御系を扱うのが難しくなるため,近似を導入した解析的な扱いについての研究も必要とされている.昨年度までの研究では,確率モデルの状態の時間発展を記述するマスター方程式と,遷移の回数の時間発展を記述する時間発展方程式の間をつなぐ計数統計の枠組みを発展させた.状態の時間発展を記述するマスター方程式において,回数をカウントしたい遷移に対応する遷移確率行列の要素を修正することで,遷移の回数の時間発展を記述するための母関数を計算することが可能となる.また,遺伝子発現制御系の確率モデルに対する近似法の提案をおこなった.遺伝子制御に関わる相互作用の部分を有効相互作用に置き換えることで,近似的な解析解を得ることができる.以上の2つの研究をつなぐことにより,自己制御系の確率モデルにおける不活性・活性状態間の遷移の回数という動的な情報に関する近似的な解析解を導出することができた.具体的には,不活性状態から活性状態への遷移の回数は第一種変形ベッセル関数を用いて近似的に表現することができる(この成果は現在,論文にまとめて投稿中である).関数の形が明示されたことにより,今後,実験データをパラメトリック解析する際に役立つと期待される.
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