今年度は、タンパク質と水の動的相互作用の解明に向けて、水の集団的な動力学を抽出するための方法論を開発した。タンパク質の集団運動を取り出す方法論としては、主成分解析をはじめとしてさまざまな方法論が知られているが、それに引き替え水の集団運動を可視化する方法論はあまり注意を払われてこなかった。その理由として考えられるのは、水の動力学的な役割は、タンパク質の動力学にとって相関のないノイズのようなものだと考えられてきたからだと思われるが、個々の水分子も集団としては蛋白質の動力学と同じ程度の遅い時間スケールを持ちうるということが、近年のNMR、誘電緩和測定などから明らかにされてきている。本研究では、水の集団運動を水の密度場および流れの場を粗視化することによって抽出した。これらの変数は、連続の方程式と呼ばれる重要な保存則を満たし、その保存則のおかげで、これらの物理量は遅い時間スケールを持っている。それ故に、この保存則は、それらの場の時間発展に於いて重要な役割を果たしているものと考えられるが、我々はその保存則を保存するような粗視化の方法論を開発した。この研究は水分子の集団的な運動を取り出すための画期的な方法論であると考えられる。我々は、次にこの方法論で可視化した水の集団運動を、水の流れの場がつくるLagrangian Coherent Structure (LCS)を抽出することで解析した。このLCSはG.Hallerらによって考え出された概念で水の流れの泣き別れ面に対応している。我々の解析結果では、ペプチド、DNAが構造を変える際に、その周囲にLCSが顕著に表れ、水がそれらの物質の構造変化を助けている様子が観測されている。この結果は、水が蛋白質の動力学にとって単なる熱ノイズ以上の積極的な役割を担っているということを示唆している重要な結果であると考えられる。
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