研究概要 |
応力逆解析法は多数の断層の方向から地質体の変形を支配する広域応力を推定する手法であり,構造地質学や地震学の分野で広く普及してきた.この手法は「断層の滑り方向は勢断応力と平行である」との仮説(Wallace-Bott仮説)に立脚している.本研究は数値シミュレーションと天然の断層系の観察により,この仮説の妥当性を検証した.その結果,断層の滑り方向はWallace-Bott仮説の予測よりも大きくばらつくことが示された. 本研究の数値シミュレーションでは,球形粒子の集合体として地質体を表現する個別要素法を用いた.様々な条件で地質体を変形させ,内部に生じた応力と断層の方向を記録した.計算領域全体で平均した応力を広域応力とみなし,各断層面上の剪断応力方向を算出したところ,実際の滑り方向とはズレ(ミスフィット角)があった. Wallace-Bott仮説はミスフィット角が0°であると予測する.しかし,シミュレーション結果のミスフィット角の頻度分布には,半値幅40°程度のばらつきが見られた.また分布の裾が長く,90°を超える値もあった. 次に,天然の断層系において大きなミスフィット角が認められるか検証した.千葉県に分布する鮮新統上総層群中の小断層群の方向を測定し,応力逆解析によって東西引張の正断層性応力を得た.ただし,一部の断層のミスフィット角は大きく,90°を超えるものもあった.従来の応力逆解析研究では,慣習的にミスフィット角が30°を超える断層はその応力に合致しないと見なされ,別の応力が探索されてきた.しかし,本研究の数値シミュレーションは,一様な応力のもとでも大きなミスフィット角があってよいことを示した.上総層群の断層系は方向にばらつきがあるものの,一様応力のもとで形成された断層系と解釈できる.
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