前年度の研究では、クラスター電子状態計算と一電子密度行列の運動方程式と組み合わせ、レーザー照射された固体中での光励起・緩和過程を追跡するシミュレーション法を開発した。本年度は、この方法を用いて、K吸収端に相当する波長の真空紫外レーザーを照射した固体リチウムのシミュレーションを系統的に行った。その結果、照射強度が大きいほど、K殻励起にともなう吸収端の高エネルギー側へのずれが顕著に起こり、光吸収係数が時間とともに急激に減少する傾向を見出した。得られた数値データを時間・空間に関して積分することによって、厚さ200nmの固体サンプルに入射したレーザー光の透過率を計算した。その結果、入射強度が約10^<13>W/cm^2を超えると、急激に透過率が増大することを見出し、錫サンプルを用いた実験で観測されたのと同様の非線形透過現象を、定性的に再現することができた。 上記シミュレーションでは、電子相関や遮蔽の取り扱いが現象論的であるという問題点がある。この点を改善しながら、吸収端が高エネルギー側へシフトする物理的理由をより一般的見地から明らかにすることを目的とした解析も行った。具体的には、原子中心に強く局在した内殻電子と広がった平面波軌道をもつ価電子からなる固体金属のモデルを立て、密度行列運動方程式中の衝突項を通じて、電子間の交換相互作用に静的な遮蔽を取り入れ、内殻帯と価電子帯のエネルギーシフトを解析的に計算した。その結果、内殻電子の励起にともなって生ずる局在した正孔からの引力によって、内殻帯のエネルギーが大きく低下し、バンドギャップが実効的に増大することを示した。この結果は、半導体の価電子帯から伝導帯への高密度励起においてバンドギャップが縮まるのと逆の傾向であり、両者の差異は正孔の空間的局在性に起因することを示した。
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