X線自由電子レーザーを固体に照射することによって、多数の内殻電子を瞬時に伝導帯へ励起し、その際の光学反射率の超高速変化を可視光で同時に測定することが可能になってきている。そこで本年度は、エネルギーバンド理論に基づいて、固体金属の光吸収係数を広範な波長域にわたって計算する手法を開発した。具体的には、内殻電子の波動関数に孤立原子のデータを援用し、伝導電子の波動関数をOPW(直交化平面波)基底のバンド計算で求めた上で、両状態間のすべての双極子遷移確率を数値計算した。本計算では、伝導電子に対する一電子ポテンシャルを、電子ガスの交換効果を含む遮蔽ハートリーポテンシャルで近似しているが、昨年度実施したクラスター模型での計算と比べて、今回の手法はバルク固体の性格をより正確に反映しており、なおかつ、より重い元素・高いエネルギー領域での計算を可能とする。 具体例として、ナトリウム結晶の光吸収係数を10-2000eVの波長領域で計算し、米国NISTの提供するデータベースと比較した。その結果、スペクトルの全体的傾向はおおむね再現できたが、吸収係数の値には最大で約2倍程度のずれがあり、また、今回得たスペクトルには結晶構造の異方性を反映した微細構造が見られた。また、本計算では、フェルミエネルギー付近での通常のバンド計算と比べて、OPW基底の数をかなり多くとる必要があり、約7000基底を用いた計算で、K殻吸収スペクトルはほぼ収束に向かうことがわかった。 NISTのデータベースを含めて、一般に固体のX線吸収係数は、孤立原子の計算で代用して評価することが妥当とみなされているが、本研究のように、固体のバンド計算を通じてその妥当性を直接評価しようとした試みは少ない。今回の計算結果は、固体とX線の相互作用に関する既存のデータに依然として検証の余地がある可能性を示唆している。
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