本研究の手法の最大の特色である中性子回折法は、本研究で用いるサリチリデンアニリン誘導体ような有機物の試料に多く含まれる水素原子からの非干渉性散乱によってバックグラウンドが増大し、大幅にデータのS/N比が下がってしまう。一方、水素原子の同位体である重水素原子は非干渉性散乱がほとんどなく、回折強度に寄与する弾性散乱能も高い。本研究ではサリチリデンアニリン誘導体を結晶中で互変異性反応を起こし、その反応後あるいは反応途中を中性子回折で構造解析を行うため、結晶中に未反応の分子(エノール体)と生成物分子(トランス・ケト体=着色体)が混在して結晶全体の回折強度が減衰することが予想される。エノール体とトランス・ケト体を精度よく構造解析し、水素原子の移動を直接観察するためには、バックグラウンドを低く抑えてデータのS/N比を上げる必要がある。そこで本年度は、水素原子を可能な限り重水素原子に置き換えた試料化合物を合成するスキームの調査、検討を行った。C-H結合のような共有結合の水素原子まで含めての重水素化であるため、多ステップの有機合成が必要となったが、サリチリデンアニリン誘導体の完全重水素体を合成するスキームを構築することができ、軽水素体によるテスト合成に成功した。また、平行して可視・紫外光源による粉末結晶への光照射条件決定や単結晶中性子回折に不可欠な巨大単結晶作成(長辺~2mm)を水素体で成功した。
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