本研究は、ZnGeP_2結晶中での差周波発生を利用した新たな中赤外領域のレーザー光源を開発することで、これまでは困難であった超音速ジェット中の分子に対する5~12μmの骨格振動領域の赤外分光を可能にし、基本的な反応素過程を気相孤立状態のクラスター構造から明らかにすることを目的とした。平成22年度は、昨年度までに開発した中赤外レーザー光源を用いて、超音速ジェット中のフェノール-アンモニア(PhOH-(NH_3)_n)及びベンゼンダイマー(Bz_2)クラスターの赤外分光を行ない、これらのクラスター内反応の反応生成物の構造決定に初めて成功した。 PhOH-(NH_3)_nは単純な酸塩基対のモデル系として、特にその第一励起状態におけるプロトン(あるいは水素)移動反応の研究が盛んに行なわれてきた。しかし凝集相における酸解離反応の主戦場であるはずの電子基底状態におけるプロトン移動反応については、研究手法が無いためほとんど手付かずであった。本研究により初めて基底状態のフェノール骨格のCO伸縮振動の観測に成功し、n>6において基底状態プロトン移動が生じることを初めて明らかにした。この結果は基底状態におけるクラスター内プロトン移動反応を構造論に基づいて証明した初めての例であると考えており、酸解離過程の分子論的理解の面で大きな成果である。 さらに、Bz_2のエキシマー形成反応についても同様の赤外分光を適用し、エキシマー状態が実際に平行構造であること、振動励起状態において電荷の局在化が生じることを初めて構造論的に示した。 これらの反応は、容易に赤外分光が可能な3μm領域のXH伸縮振動には反応生成物の構造変化がほとんど反映されないため、これまで明確な解答が得られていなかった。本研究で開発した中赤外レーザー光源によって初めて可能になった骨格振動領域の赤外分光は、化学反応の構造論的解明に道を開き、今後の反応機構研究の発展にとって極めて重要な道具立てとなるはずである。
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