(1)鳥類をはじめ多くの生物の中に紫外光(UV)を感知するレチナールタンパク質が存在する。本研究ではバクテリオロドプシン(bR)のM中間体に焦点を当て、レチナールタンパク質がUV光をセンシングする機構(カラー・チューニング)の解明に取り組んだ。SAC-CI法とQM/MM法を用いた電子状態計算によって、実験の吸収スペクトルの定量的な再現に成功した。この結果に基づいて励起エネルギーの分割を試みたところ、bRのM中間体ではレチナール色素の構造の捩れの効果がカラー・チューニングに最も大きな寄与をすることが分かった。更なる解析の結果、レチナール色素の捩れの効果の内、C6位の捩れの影響が最も大きく、C13位の捩れは2番目に大きな寄与であることを突き止めた。今回提案した機構は以前別の研究者によって提案されたもの(水素結合の影響)と大きく異なるが、その理由についても詳しく言及した。 (2)エキシトンCDスペクトルの高精度な計算を可能とするTDFI-Matrix法を開発した。この計算手法を2量体形成したレチナール色素に適用した結果、実験で観測されるエキシトンCDスペクトルの高精度な再現に成功した。また、双極子-双極子(dd)近似やTrESP法による計算も行い、従来のCDスペクトルの計算で何が問題であったかを明確に示した(原点依存性やセルフコンシステンシーなど)。更に、溶媒効果や分子間相互作用による電子分極効果がCDスペクトルに与える影響についても定量的に評価した。その結果、溶媒効果はCDスペクトルの形状に大きな影響を及ぼすことが分かった。これらの結果から、タンパク質のような大規模系に対するCDスペクトル計算の可能性を示すことができた。
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