不均一系Ziegler-Nattaオレフィン重合触媒はその工業的重要性から長年に渡り精力的に研究されてきたが、触媒成分の複雑さや著しい不均一性が触媒構造や重合機構に関する分子レベルでの知見の獲得を妨げてきた。本研究の目的は、均一な活性点構造を有するモデル触媒と第一原理計算を相乗的に組み合わせることで、触媒表面や反応機構に対する確度の高い分子レベルイメージを構築することである。平成21年度は、触媒性能を決定付けるドナー(エーテル・エステル等のルイス塩基化合物)の活性点への作用機構を初めて解明し、実験・計算科学の双方において整合性の高い「共吸着モデル」の提案に至った。 本年度は、計算科学的な検討をさらに推進し、実際の触媒表面構造を高精度で描写可能な「欠陥表面モデル」を提案しただけでなく、触媒設計における原子サイズ欠陥の重要性を明らかにした。歴史上、不均一系Ziegler-Nattaオレフィン重合触媒における触媒化学は、MgCl2の{110}・{100}平坦表面上に担持された活性Ti種に基づいて議論されてきた。しかしながら、MgCl2平坦表面の存在は実験的に疑問視されており、申請者は欠陥表面の生成機構および触媒性能への影響に関する初めての密度汎関数計算を行った。その結果、ドナーは触媒調製においてMgCl2表面を再構成し、原子サイズの欠陥を多量に含む表面を与えることがわかった。さらに、このような原子サイズ欠陥は、活性Ti種の安定性・オレフィン重合活性を著しく向上することが明らかとなった。 本研究で提案された「共吸着モデル」・「欠陥表面モデル」は実験結果(現象)・計算結果(原理)の双方を満足する点で非常に信頼性が高く、触媒の分子レベル設計に有用かつ確かな指針を与えるものである。
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