本年度は、ポーラス構造を持つ遷移金属錯体結晶を合成し、ゲスト分子として、これまで調べてきた有極性分子(アセトン、メタノール、水分子など)に加えて、大きな振幅のリングパッカリング振動の自由度を持つ4員環分子を用い、ナノ分子空間内の分子の状態を、結晶構造、熱測定、誘電測定を通して研究することを目的とした。 四員環分子は特徴的なリングパッカリング振動の凍結に伴う誘電異常の観測の可能性がある。今年度、私達は四員環骨格をもつアゼチジンカチオンを含みABX_3(A=アゼチジンカチオン、B=二価銅イオン、X=ギ酸アニオン)の組成比を持つ有機ペロブスカイト型金属錯体の結晶、[(CH_2)_3NH_2][Cu(HCOO)_3]を合成し、結晶構造と誘電率を調べた。[(CH_2)_3NH_2][Cu(HCOO)_3]の単結晶X線構造解析の温度変化の実験により、アゼチジンカチオンのリングパッカリング運動の自由度の凍結、融解に伴った構造相転移が観測された。また、極めてゆっくりとした温度変化(~2K/h)によって誘電率の温度依存性の測定を繰り返し行うことにより、広い温度範囲できわめて大きな誘電異常が観測され、280K付近では前例の無い程、巨大な誘電率(ε_1~10^6、1KHz)を示した。また、誘電率は非常に大きな周波数依存性を示す。この誘電異常は、280K以下の温度で微小な分極ドメインが緩やかな温度変化に伴い、結晶中に非平衡的に成長することによるのではないかと推測している。このような巨大な誘電異常はこれまでペロブスカイト構造を持つ金属酸化物(リラクサー、relaxor)でのみ知られていたが、おそらく四員環分子のリングパッカリング振動の凍結が微小な非平衡的なドメインの成長を誘発し、金属酸化物のリラクサーを上回るような大きな誘電異常が観測されたのではないかと考えている。
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