研究概要 |
本研究の目的は特異な金属-配位子間の軌道間相互作用を利用して、従来にないスピン状態や電子配置を持つ高原子価金属錯体を合成し、それが従来とは異なる触媒機能を持つ「スピン制御触媒」を構築することである。「スピン制御触媒」を実現するためには新規の高原子価電子状態を構築することが重要である。本年度は従来に無い新規のスピン平衡の系を明らかにした。 ポルフィリン鉄(III)錯体からの1電子酸化体は鉄から1電子酸化された鉄(IV)ポルフィリンとポルフィリンから1電子酸化された鉄(III)ポルフィリンラジカルのいずれか一方のみが生成する。本研究でビスアジド錯体を詳細に検討すると、この錯体は両者の中間的な性質を有することに気がついた。ポルフィリンの置換基の電子的性質を制御した実験、低温NMR, 低温UV-Vis, 低温メスバウアー測定から、このビスアジド錯体が鉄(IV)ポルフィリンと鉄(III)ポルフィリンラジカル間の新規のスピン平衡状態であることが判明した。最近、ヘムタンパク質の触媒過程で新たな高原子価の活性中間体を経由する系が見いだされた。通常、2電子酸化の場合、1つのヘムから2電子が酸化される。しかし、新しい系では2つのヘムから1電子ずつ酸化される。そのうち1つのヘムのメスバウアーパラメータは本研究のメスバウアーパラメータに似ている。メスバウアーパラメータは鉄の電子構造を反映する。そのヘムは本研究で見いだした鉄(IV)ポルフィリンと鉄(III)ポルフィリンラジカルのスピン平衡の可能性がある。この新しい電子構造は従来に無い新たな触媒反応に展開する可能性を秘めている。
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