金属酸化物の高温環境下での潤滑メカニズムとして,温度上昇に伴う酸化物の軟化によりせん断抵抗が低減することが主因と考えられていた.しかし,このメカニズムのみではモリブデン酸銅およびこれらの主原料となる三酸化モリブデン,酸化銅の潤滑性能の序列について説明ができない.我々のここまでの研究成果において,モリブデン酸銅(銅モリブデン複合酸化物)においては,還元反応によると思われる金属銅の生成が潤滑性発揮の一助となっている可能性を指摘してきた.当該年度はこのメカニズムを実験的に裏付けることを目的とした. モリブデン酸銅がステンレス基材間に圧着された状態で加熱されることで金属銅の生成が起きたことから,鉄粉とモリブデン酸銅粉の混合物を真空中で加熱したものをX線回折法で調べたところ,金属銅の形成が確認された.次に還元剤として作用しうる材料を調べるため,ステンレス鋼,炭素鋼,純鉄などの鉄を含む基材のほか,アルミナ(Al2O3)を基材とし,これらの基材でモリブデン酸銅を圧縮加熱したところ,鉄を含む基材の場合には金属銅の生成が見られたが,アルミナの場合には金属銅の生成が見られなかった.さらに,モリブデン酸銅の還元の際,モリブデンと鉄の化合物が生成されることも明らかになった.還元により金属銅が形成されて潤滑性が発揮されるとともに,基材との反応によって付着性が向上することにも寄与すると考えられる. 以上のことから,モリブデン酸銅を高温潤滑剤として用いる場合,多くのしゅう動部材に用いられる鉄系材料では還元反応を起こしうるため,モリブデン酸銅自身の軟化に合わせ,金属銅の生成による潤滑性の向上が期待できるとともに,固体潤滑剤に必要な付着力の向上も期待できることが明らかとなった.
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