本研究は、戦前期日本における地方官舎建築(都道府県官舎建築)の展開過程を明らかにし、その建築史的意義について考察しようとするものである。最終年度である平成23年度は、過去2年間の調査で史料の収集が完了していなかった北海道、宮城県、埼玉県、神奈川県、奈良県、三重県に関して史料の収集を行った。得られた成果は以下の3点に要約できる。 1、とりわけ明治前半期の動向を把握することのできる埼玉県の史料は、他県に比較して時代的にも量的にも史料価値の高いものであることが明らかになった。また、これに依れば、制度の上では明治10年代後半期以降に中央より分離され始める地方官舎の展開過程が、結果的には、明治初期に政府が為した対応の延長線上に理解されるべきものであることが明らかとなった。この点は、戦前期の地方官舎建築や地方営繕組織を理解する上で注目すべき事実であると考えられる。 2、一方、明治後半期から大正期にかけての地方官舎の展開過程に関しては、既に収集を完了していた宮城県と京都府の史料に加え、神奈川県において官舎の増改築が複数例で為されていたことを把握した。こうした増改築例は他県では見られず、神奈川県での事例が、住宅平面に対する考え方の変化を理解することに繋がる示唆的な例であることも明らかとなった。ただ、結果的に見れば、神奈川県での対応が、建築平面の観点から見た場合に必ずしも一貫していなかったことも読み取れた。この点は、住宅平面に対する過渡的な時代性を示すものとも考えられる。 3、以上の調査を経て、そうした官舎を生み出した地方営繕組織がどのようであったのか、という疑問が浮上し、これを次なる重要な研究課題として確認した。特に前述の埼玉県の場合に、工部省との人的関係のあったことが窺われた点は、他県と比較する上で注目すべき事実と考えられる。
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