新上五島町鯨賓館ミュージアム所蔵鉄川与助大工道具のうち、フランス製の刻印をもつ溝鉋について、フランス・トロワ市道具博物館で調査を行った結果、サンテチエンヌ市のManufrance社製であることが判明した。同社は1885年の創立で、武器製造会社を発端とし、自転車等多様な製品を生産し、フランス国内および植民地に300箇所の流通拠点を備え、当初からカタログ通販で販路を拡大した。道具博物館所蔵の1935、1958、1962年発行通販カタログおよびアルバム等から、製品刻印が時代によって異なり、鉄川与助大工道具に含まれるものは1900~1914年頃に製造されたものと判明した。 鉄川与助は、1902年完成の旧曽根教会堂でフランス人ペルー神父のもとで初めて教会堂建設に携わり、1911~1914年は旧長崎大司教館の建設をド・ロ神父のもとで竣工させた。溝鉋の製造時期はまさにこのときであり、フランスからもたらされ、長崎の教会の建設に使われたことをより裏付けることができた。 長崎の教会建築に影響を与えたド・ロ神父が最初に手がけたといわれるパリ外国宣教会祈祷所は、敷地中庭の北西隅に所在し、平面は約5m角正方形の隅部を切り落とした長辺と短辺をもつ八角形で、角部に八角柱を8本立てて銅板葺きの屋根を載せた木造建築である。柱は柱頭飾りをもち、天井はリブドーム天井で空色に彩色され、ボスはバラの飾りをつける。柱・軒周り・リブは濃朱色に彩色され、金の縁取りを施す。全体の堅牢さと軒周りの処理にド・ロ神父設計といわれる一端が窺えた。 平成22・23年度の成果を踏まえ、今後は刃が全て失われている鉄川与助大工道具の復原を試み、現存教会遺構の建築技術について復原的検討を行い、「長崎の教会建築」の保存継承に向けた道具・技術について明らかにする。
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